筆者がスキーの魅力に取り付かれて、週末ごとにゲレンデへ通うようになった平成初頭のころ、長野県内のスキー場ではスノーボードのプレーヤーが邪魔者扱いされていました。
全日本スキー連盟(SAJ)はスキー競技の一つに位置づけているものの、滑走のスタイルは全く異なるスポーツであり、スキーヤーとボーダーが同じコースに混在すると危険視されていたものです。滑走面のど真ん中に腰を下ろして休息するボーダーを、スキーヤーはあからさまに嫌悪し、「迷惑だ」と小競り合いが起こることさえありました。全国ほとんどのスキー場でスノーボードがOKになり、ボーダー専用のコースさえ珍しくない昨今では、ほとんど考えられない光景でしょう。
五輪のハーフパイプに出場した國母和宏選手に対する、日本のマスコミや個人ブログの論調を見て、そんなことを思い出しました。競技結果を報道する新聞の本記は、「服装問題で物議を醸した」という形容詞が必ず付いていました。Google検索にかかってくるブログの記事も、他人と違う格好をして空港に現れただけの人間に対して、ほとんど犯罪者扱いで辛辣に非難するものが目立ちました。
これは五輪に出場させるべきでないとかいう次元の話ではありません。ましてや政府閣僚が苦言を呈するとか、東海大学が応援を自粛するとか、非常に気持ちの悪い展開と言わざるを得ません。バブル末期、信州のゲレンデでボーダーにいちゃもんを付けるだけでおさまらず、制度として禁止するよう当局に迫った輩と全く同じ動きです。
ユニフォーム姿の映像や写真をことさらセンセーショナルに扱い、世論を煽ったマスコミ自身が「視聴者からの抗議が殺到した」などと他人事のように書いているに至っては、全く開いた口がふさがりません。彼はハーフパイプの競技場で、納得できる結果ではなかったかもしれないにせよ、トップテンに入るという十分な結果を出しました。偏見と蔑視にまみれていた日本のスノーボード界を、世界の舞台で戦うまでのレベルに引き上げた功労者の一人として、國母さんはきちんと評価されるべきなのに、競技が終わってからも報道は洋服の話ばっかり。いいかげんにしてほしいものです。
筆者の感想としては、あれは「だらしない」わけではなく、國母さんのファッションがそのまま出ただけでした。ただ、もうちょっと空気を読んでほしかったとは思います。とりあえず注目されるタイミングだから、そこだけでもみんなに合わせておけばいいのにと感じました。つまりテクニカルな問題です。
自分の想定していない文化に不寛容であるのは、人間の本能でもあるので、非難されるのもある程度は仕方ないかもしれません。しかし、この袋だたき状況はどう見ても異常です。いったい何が憎くて、一人の人間を叩き潰そうとしているのか、マスコミ人や関係ブログの筆者さんに聞いてみたいものです。
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