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2006年7月

2006年7月15日 (土)

戦争の真実は報道されていない=高遠さんが高津区で講演

 「だれも取材に来ていないんだから、報道されるわけはないだろうと、住民に言われました」−。イラク支援活動のため、日本とヨルダンを往復する生活を続けている高遠菜穂子さんが15日、高津区溝口の川崎市男女共同参画センターで講演し、戦乱のイラク中部ファルージャ市に入ったときの衝撃を語りました。米軍が同市のライフラインを破壊し、住民を片っ端から殺していることは、バグダッドのテレビでさえほとんど出てこないといいます。

 ファルージャは首都バグダッドから西に70キロ、人口は麻生区と多摩区を合わせたぐらいの規模。アルカイダ系武装勢力の本拠地とみなされ、米軍の標的にされていることは、日本でも報道されています。
 高遠さんによると、イラク戦争による米軍の占領統治が始まった時、軍はまず学校を占拠。「若い米兵が持参のヌード写真を子供たちにばらまくなどして、親たちの不安と反感を買い、米軍は出て行けというデモにつながったのです」。これが惨劇の始まりでした。米軍に楯突く者は女性・子供を問わずに容赦なく皆殺しされ、住民の立場は遺族の立場へ、漠然とした反感ははっきりした憎悪の念へ変わっていきます。
 これに目をつけたのが、本当のテロリストである外国の武装集団。「米軍に仕返しをするなら、資金も武器も提供すると言われて、煽り立てられた遺族は米軍への報復を激しくしていきました。しかし米軍が反撃に出てきたときには、テロリストたちはとっくに逃げていて、結局殺されるのはイラク人だけでした」
 そして上映されたのは、テレビでは絶対に見られないファルージャ総攻撃、結婚式誤爆事件(2004年5月19日)の生々しい映像を収めたDVD。高遠さんが自らPowerBook G4を操ってスクリーンに投影された、凄惨極まる遺体の山に、講演会場の聴衆は息をのみました。

 高遠さんはまた、第三の勢力となったイラク政府軍にも言及。シーア派の黒装束軍団を治安部隊として訓練し、米軍に代わって前線に立たされているため「イラク人同士が戦う状況を作り上げ、民族浄化のような動きになっている」と、1年間で4万人以上のスンニ派住民が殺された現状を憂慮していました。

 2時間を超える講演で、当初予定されていた質疑応答は残念ながらカットされたものの、それこそ命がけで日本に持ち帰った映像を含め、現地市民の視点からもたらされた情報は圧倒的なものでした。3年前の開戦以来、国内メディアの報道にはそれなりに注視していたつもりでしたが、改めて自分はイラク戦争について無知だったと思い知らされます。バグダッド北方サマワから陸上自衛隊の撤収が始まって、国内世論が北朝鮮ミサイル問題に集中している今このときも、イラクでは丸腰の市民が殺され続けているわけです。
 高遠さんは講演の冒頭、自らが誘拐された2004年4月の事件に触れ「皆さんにご迷惑をかけました」と頭を下げました。私も、あれは高遠さんの失策であり、国内の家族の対応も大失敗だったと思います。しかし現在こうして、大本営発表でなく市民の視点から、現地の情報を伝える数少ない語り部の役割を果たしているのを見るとき、いくらかの国費を投入してでも高遠さんが救出されたのは正解だったと確信するのでした。
 
(関連リンク)
高遠さんのブログ イラク・ホープ・ダイアリー

2006年7月13日 (木)

セミが鳴き始めた

セミが鳴き始めた

今年初めての熱帯夜が明けて、柿生の森ではセミが鳴き始めました。写真は、おっこし山の入り口付近。

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